最近、「新聞ていいな…」としみじみ思います。
プロの記者の方々が、責任もって裏付けをしている上に、それを紙面に印刷して、日本中に配っているのですから、流通の規模、機動力、どれをとっても半端じゃない事は当たりまえなのですが、それだけではなくて、現代の色々な情報媒体が溢れている環境だからこその良さがあるな…なんて事を思う事があります。
パリパリと微かな音をたてて新聞紙を広げて、ざっと目を通す。
新聞紙の上に印刷されたインクの匂い。
興味が引かれた記事があれば、そこに戻って、もう一回読み直し、疲れたら途中で読むのを止めて、軽く目を瞑る。
自分で知識を選択している感覚が、妙に心地よいんですよね。
さらに、紙面を開いて自分で読むという手間が、面倒臭さを超えて、伝統芸能の儀式さながらの厳かさを生み出し、いつしか新聞を読んでいる時間は、私にとって少しだけ贅沢な時間に区分けされてしまったのです。
もしかしたら、ネットやテレビは、私には、少し便利すぎるのかもしれません。
ネットは、過去の検索記録から私が興味ありそうな記事を次々と選んでくれるし、テレビは電源をオンにしておけばBGMのように番組を流し続けてくれるし…、便利な事この上ないのですが、そんな大量の情報を一度に処理できる程、四十後半の私の脳細胞にお手隙はないのです。
これからも一日に晒される情報の量は、どんどん増えてゆくんでしょうし、現代社会で生活している以上、その流れの中に「身を置く必要」はあるのでしょう。
しかし、裏を返せば、必要があるから身を置いているだけと言い換える事もできます。
特に必要がない時くらいは、新聞を読んでいるくらいの情報のスピードの中で過ごしていたいと思う、今日この頃です。
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